意見書:「リンパ管形成不全症」という呼称の提案―「疾患名」と「用語」に関する私たちの考え方― 全文
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- 2 日前
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「NPO法人リンパ管腫と共に歩む会」(以下、当会)は2023年より、「リンパ管腫」の新たな呼称として「リンパ管奇形」を採用する動きに対し、「奇形」という用語が持つ社会的・言語的課題を踏まえ、その再検討の必要性について発信を続けてまいりました。
2025年の国際分類改訂において、従来「リンパ管腫」として扱われてきた病態は、国際分類上「Common lymphatic malformations」から「Isolated lymphatic malformations」へと整理されました。あわせて、リンパ系病態の大分類は「Lymphatic malformations」から「Lymphatic(リンパ系)」へ、再編されています。
この分類改訂を契機に、当会では、新たな国際分類に対応する日本語の疾患呼称を再検討するにあたり、「奇形」という用語の歴史的・社会的背景、分類概念と疾患呼称の整理、最新の国際分類との整合性、ならびに代替呼称として想定される用語の妥当性について、改めて検討を行いました。
その結果、当会は「リンパ管形成不全症」を新たな疾患呼称として提案いたします。
以下に、その検討過程と提案の根拠を示します。
1.「奇形」という用語が持つ歴史的・社会的背景
「奇形」は、近代医学導入期以降、発生異常や先天的形態の違いを指す医学用語として用いられてきました。しかし日本語圏においては、その医学的意味を超えて、差別や偏見を伴う文脈の中で受容されてきた歴史があります。
20世紀前半には、優生思想の広がりの中で、「正常/異常」を峻別する価値観が制度化されました。1940年の国民優生法、1948年の優生保護法へと引き継がれる優生政策のもとで、「奇形」の概念が排除や選別を正当化する文脈とも結びついて用いられてきたことが指摘されています。
また戦後日本においては、被爆と先天異常を結びつける科学的根拠の乏しい言説の中で「奇形児」という表現が用いられ、被爆者やその家族への偏見・差別が助長されたことが、当事者証言や歴史研究において指摘されています。
さらに、こうした歴史的背景や社会的配慮を踏まえ、報道・出版分野においても「奇形」という用語の使用は限定的となっています。
以上を踏まえ、当会は、「奇形」という語を疾患呼称として用いることは適切ではないと改めて考えています。
2.疾患名称に求められる視点
疾患名は、単なる医学的分類ではなく、患者・家族が診断時から社会生活に至るまで継続的に接する「名称」です。
近年、医学界では、疾患名が当事者に与える心理的・社会的影響を考慮し、名称を見直す動きが進んでいます。
【例】
・精神遅滞 → 知的発達症
・痴呆 → 認知症
・不安障害 → 不安症
・非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD) → 代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)(旧称MAFLDを経て国際的再整理)
これらの変更は、病態理解の適正化に加え、社会的スティグマの軽減や、疾患概念をより適切に反映することを目的として行われてきました。
当会は、疾患名の検討においては、医学的妥当性のみならず、当事者の生活実感や受け止め方も重要な検討要素であると考えています。
また、疾患名称の見直しにあたっては、疾患ごとに病態、症状、社会的背景、当事者の受け止め方が大きく異なることを前提とする必要があります。とりわけVascular Anomalies領域では複数の疾患が包含され、それぞれの疾患により臨床像、重症度、治療経過、当事者が抱える生活上の課題は大きく異なります。
そのため、用語を一括して論じるのではなく、疾患ごとに病態、臨床的特徴、社会的影響、当事者の受け止め方を個別に検討し、十分な合意が得られたものから段階的に名称変更を進めることが望ましいと、当会は考えています。
3.「分類用語」と「疾患呼称」の混同がもたらす課題
日本語で用いられている「リンパ管奇形」という用語は、国際分類における Lymphatic malformations の訳語として導入されました。しかし実際には、
・国際分類上の病態区分を指す語
・従来「リンパ管腫」と呼ばれてきた病態の疾患名
の双方の意味で用いられており、その運用は一貫していません。
このように、「リンパ管奇形」が分類用語と疾患呼称の両方として用いられている現状は、概念上の混乱を生じさせうると当会は考えます。
本来、分類用語は病態を学術的に整理するための専門概念であり、疾患呼称は診断・説明・社会生活の中で用いられる名称です。当会は、この区別を明確にすることが、国際分類を適切に理解し、日本語の疾患名を再検討する上で重要であると考えています。
4.最新国際分類(ISSVA 2025改訂)との整合性
以上を踏まえ、当会は、提案する疾患呼称が最新の国際分類と整合しているかを検討しました。
4-1.2018年分類:上位は「Lymphatic Malformations」
ISSVA 2018年分類では、リンパ系病態は「Lymphatic malformations」の下位に「Common (cystic) lymphatic malformations」およびGLA/KLA/GSD/CCLA等が配置されていました。
4-2.2025年改訂:上位は「Lymphatic(リンパ系)」
ISSVA 2025年改訂では、リンパ系病態の上位枠組みとして「Lymphatic(リンパ系)」が提示され、その下に
Isolated lymphatic malformations
Complex lymphatic anomalies
Lymphedema
が並列される構造へと再編されています。
このような再編の背景には、近年の遺伝学・分子生物学・リンパ学的研究の進展により、リンパ系病態には、局所的な病変のみならず、全身性病態や発生学的背景など、多様な要素を伴うものが含まれることが明らかとなってきたことがあります。
そのため、近年のISSVA分類では、リンパ系病態は単一の「malformation(奇形)」概念のみでは捉えきれない、多様な病態群として扱われるようになっています。
4-3.「Isolated」の位置づけと、日本語病名への採否
2018年分類の「Common (cystic) lymphatic malformations」は、2025年改訂における「Isolated lymphatic malformations」に概ね対応する整理と考えられます。ただし、「Isolated」は分類上の対比概念であり、病変の性状や臨床的特徴を直接示すものではありません。
さらに、当会が参照したISSVA World Congress 2026の公開プログラムおよび抄録集においては、当会が確認した範囲では、この用語の使用例は限定的であり、現時点で広く定着した用語であるとは言い難い状況が示唆されました。
また、用語の意味範囲は分類上の位置づけや文脈によって変化しうるものです。そのため、図表構造のみに基づいて用語の射程を一義的に解釈すると、臨床および研究における実際の運用との間にずれが生じ得ます。
これらの点を踏まえると、「Isolated」という語は分類上の意義を有する一方で、日本語の疾患呼称として積極的に採用すべき語とは必ずしもいえません。
以上より、当会は、「孤立性」という語を疾患呼称に含めないことが妥当であると判断しました。
5.「形成不全症」という語を採用する理由
関連する医学用語には、以下のようなものがあります。
形態異常:見た目の形や構造が通常と異なる状態
形成異常:組織や器官が形成される過程における異常
形成不全:組織や器官の形成が十分でない状態
これらは医学的には厳密に異なる概念であり、本来は明確な使い分けが求められます。一方で、疾患呼称として用いる場合には、病理学的定義の厳密さに加えて、病態の理解のしやすさや社会的受容性を含めた総合的な観点が必要です。
Isolated lymphatic malformationsは、リンパ系組織が形成される過程における先天的要素を背景として発生する病態である一方、成長過程や後天的要因により病変が顕在化・増悪する場合もあり、その病態を単一の発生機序に還元することはできません。
この点から、「形成不全」という語は、病態の発生学的背景の一側面を表現しうる概念であり、疾患呼称としても一定の説明可能性を有すると考えます。
また、従来「リンパ管腫」と呼ばれてきた病態では、外見上の変化として現れる場合も、機能的障害として現れる場合もあり、臨床像は多様です。そのため疾患名には、病態を正確に伝えることと、不必要な誤解やスティグマを生じさせないことの両立が求められます。
当会は以上を踏まえ、
1.形成過程に由来する病態背景を説明しうること
2.外見上の「異常」のみを過度に想起させないこと
3.社会的スティグマを生じにくいこと
という点から、「リンパ管形成不全症」を現時点において一定の妥当性を有する日本語疾患呼称として提案します。
6.当会の提案
以上を踏まえ、当会は「リンパ管形成不全症」を、従来「リンパ管腫」と呼ばれてきた病態、ならびに国際分類上 Isolated lymphatic malformationsに相当する病態に対する日本語の疾患呼称として提案します。
本呼称は、「形成不全」という語が病態の発生学的側面を一定程度表現しうる点を踏まえつつ、疾患名としての明確性と社会的理解のしやすさを両立させることを目的としたものです。
また、「症」を付すのは、本病態が単なる形態的概念にとどまらず、臨床的に症状や機能障害を伴いうる疾患群であることを明確に示すためです。あわせて、社会一般において疾患名として認識される形式を保持する意図も含みます。
本提案は国際分類の枠組みを否定するものではなく、むしろそれを前提としたうえで、分類概念と臨床・社会的に用いられる疾患呼称とを区別し、医学的理解と当事者の受け止めの双方に配慮した運用を目指すものです。
結びに
疾患名は医学的分類を示す記号であると同時に、患者・家族が社会の中で長期的に向き合う言葉でもあります。その検討には医学的整合性に加え、社会的・倫理的背景、当事者の心理的影響、歴史的文脈を含む多面的な視点が必要とされます。
当会は今後も、医療者・研究者・当事者・社会との対話を重ねながら、より適切な疾患名称のあり方について建設的な議論を継続してまいります。
※本声明における医学的記述については、当会理事である医療専門職の知見を踏まえ、内容の確認を行っています。
■ 参考資料・背景資料
【1.国際分類・医学分類関連】
・ISSVA Classification for Vascular Anomalies(2018)
・ISSVA Classification for Vascular Anomalies(2025 Revision)
(International Society for the Study of Vascular Anomalies 公式分類)
ISSVA Classification
ISSVA World Congress 2026 関連資料
【2.疾患名称・医学用語の変更に関する資料】
・日本精神神経学会/厚生労働省「精神遅滞」→「知的発達症」
・厚生労働省「痴呆」→「認知症」
・非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)→ 代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)(旧称MAFLDを経て国際的再整理)
参考記事:CareNet 医療ニュース(MASLD関連)
【3.優生思想・歴史的背景に関する資料】
・国民優生法(1940年)
・優生保護法(1948年)
・被爆者差別および「奇形児」言説に関する当事者証言・歴史研究
参考記事:朝日新聞「広島・長崎の記憶 被爆者からのメッセージ」https://www.asahi.com/hibakusha/shimen/hibaku75/hibaku75-04.html
以上










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