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2024年7月27日(土)開催 患者参加型シンポジウム「どうする“用語問題”」参加レポート

執筆者の写真: 事務局事務局

2024年7月27日(土)、新潟市にて、第20回日本血管腫血管奇形学術集会・第15回血管腫血管奇形講習会特別企画2(患者参加型シンポジウム)「“どうする”用語問題」が開催されました。

当会からは事務局スタッフの清川愛梨と仰木みどりがパネリストとして登壇し、清川は当事者としての心情を、仰木は「一般社会にも正しく伝わる疾患名の見直しを」と題し、「奇形」をめぐる当会のこれまでの活動と要望を発表しました。会場には当会の理事中井良則(元毎日新聞論説副委員長)と監事仰木裕嗣(大学教員)が同席しました。

 

背景と意義

2023年6月、当会は日本医学会、厚生労働省、日本血管腫血管奇形学会に対し、「リンパ管奇形」という疾患名の見直しを求める要望書を提出しました。それから1年を経て、ようやく医療者・研究者(アカデミア)、当事者、そして一般市民が意見を交換する機会が設けられました。2019年に日本血管腫血管奇形学会が「用語を考えるワーキングチーム」を結成して以来、患者会を交えた初めての議論の場となり、これまで医療者・研究者間のみで行われた議論が外部に開かれたという点で大きな意義がありました。 開催に向けて尽力してくださった主催者の皆様に心より御礼申し上げます。

 

当日の概要

日本医学会、日本血管腫血管奇形学会、3つの患者団体(NPO法人日本血管腫・血管奇形支援の会、混合型脈管奇形の会、当会)が講演を行い、その後医療者・研究者、4つの患者団体(同3団体+血管奇形ネットワーク)による意見交換が行われました。 このレポートでは、主に日本医学会と日本血管腫血管奇形学会の講演要旨と、当会スタッフ清川の貴重な発言内容の要旨をお伝えします。その後、当会が疑問に感じた点と要望をまとめました。

 

*敬称略

日本医学会からの講演

日本医学会分科会用語委員会「不適切語を含む医学用語の検討ワーキンググループ」の座長、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科小児科森内浩幸教授による講演。 たかが医学用語 されど医学用語〜 何を最優先して決めるべきか? ・日本医学会は医学用語や翻訳を決定する機関ではなく、専門学会間で齟齬が生じた場合に調整をはかり指針を検討する立場で、「トップダウン」ではなくあくまで「ボトムアップ」の役割を担っている。 ・医学用語とは医学で用いられる定義された語であると同時に医師と患者のコミュニケーションの手段である。 ・これまでのワーキンググループの活動内容について。 <関連URL> 平成30年度日本医学会分科会用語委員会「奇形を含む医学用語䛾置き換え提案 日本小児科学会から経過報告 ・用語問題は慎重に扱われるべきで勇み足になってはいけない。 ・医学用語はデリケートで難しいが、医学的な側面と同時にそれと変わらないくらいの重要性をもって当事者の気持ちを考え、国語的にも医学的にもふさわしくないと感じてもバランスをとって議論を行うべき。

日本血管腫血管奇形学会の講演

日本血管腫血管奇形学会「用語検討ワーキングチーム」座長・和歌山県立医科大学皮膚科神人正寿教授がこれまでのワーキングチームの動きについての説明 ・当学会で扱う病気は特に〇〇奇形という病名が多く、学会名にそもそも奇形が含まれているため早急に取り組まなければならない問題である。

・医学会の流れをいち早く感じ取った杠理事長が学会員の様々な診療科からメンバーを選抜し360度の方向からこの問題に対応するため「用語検討ワーキングチーム」が2019年8月に発足した。 ・チーム最初の仕事として「奇形」という用語について関連患者団体に対してアンケート調査を実施した。血管腫・血管奇形の患者会(当時)の阿部氏が医療講演会の際にアンケートをされたのをきっかけに、将来アンケート結果を各方面で活用できるように大学で倫理審査を受け承認を受けてその上で再度患者会3団体(注1)に対してアンケートを実施した。 ・患者会169名が回答。「奇形という言葉にきついまたは差別的な響きを感じますか?」という問いに対し67%が「はい」と答えた。血管奇形、動静脈奇形など、対象が限定される場合はそれぞれ55%、53%と若干パーセンテージは低下するが過半数が「はい」と答えた。 ・アンケート結果を受け当学会は問題の重大さを再認識し、患者さんの生の声は当時大変貴重だったため国や厚労省の担当部署に届けなければならないと感じた。 ・一方で、他の病名と異なり血管奇形と脈管奇形の概念がようやく日本で浸透してきたところで今すぐに変更すると混乱が予想され現時点では慎重に使用を継続し将来どこかの時点で病名を変えるソフト・ランディングが望ましいという結論にいたった。 ・ISSVA分類(注2)が発表される前は全て「血管腫」とよばれ専門外の医師が正しく診断できない原因となっていた。病名は病気の性質を正確に表現するものでなければならない。 ・1996年にISSVA分類が発表されて30年近く経つが、本邦では依然浸透していないと感じる。たとえば皮膚科で一番人気の教科書には「単純性血管腫」「海綿状血管腫」と記載してあったものが2011年の第二版でようやく腫瘍と奇形と分けられ「毛細血管奇形」「静脈奇形」に変更された。 ・厚生労働省(以下厚労省)も参照している日本医学会が作っている医学用語集には「血管奇形」という用語は登録されているが「毛細血管奇形」や「静脈奇形」は登録されておらず依然認知されていない。今すぐ変更すると混乱がおきる恐れがある。 ・混乱が生じる恐れのもう一つの要因は、厚労省が定めている病院の保険請求など窓口で使用される「保険病名」は今でも「単純性血管腫」「海綿状血管腫」のままなので「奇形」という概念を浸透させるのが難しい。ただ、数年前からWHOが編纂している医療用語ICD(注3)を日本語に訳し保険病名に適合しようとする動きがある。「奇形」を他の用語に置き換えようとする日本医学会の動き、保険病名をそろそろ新しくしようとする厚労省ICD専門委員会の動き、この2つの国レベルの動きが同時に動いていることが事態を複雑にしてきたと感じてきた。 ・日本医学会との関係は、「不適切語を含む医学用語の検討ワーキンググループ」に日本血管腫血管奇形学会「用語検討ワーキングチーム」の力久医師がオブザーバーで参加した。委員会と話し合いを持ち、先に紹介したアンケート結果を共有できた。 ・日本血管腫血管奇形学会はこの一年間3つの活動を行った。1)アンケート実施、2)ホームページの改訂、3)患者会との交流で、1)については2023年9月、日本血管腫血管奇形学会の理事、幹事、評議員を対象に「奇形」変更の是非に関するアンケートを実施したところ、96%が「奇形」の変更に賛成し学会名も変更すべきと回答した。 ・しかしながら、最近の他の疾患名「糖尿病」の変更の動きが慎重を期しているように学会としても「奇形」に関して同様の対応を行っていく意向である。 ・日本血管腫血管奇形学会が主導でできることは限られているが、2つの国レベルの動きに今後も注視しながら引き続き問題に取り組んでいきたい。 (注1)NPO法人日本血管腫・血管奇形患者支援の会、混合型脈管奇形の会、血管奇形ネットワークの3団体 (注2)ISSVA=International Society for the Study of Vascular Anomaliesの略。 1992年に設立された脈管(血管・リンパ管)疾患専門の国際学会。 (注3)ICD=International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problemsの略。疾病及び関連保健問題の国際統計分類

清川愛梨の発言

・生後「先天性巨大リンパ管腫」と診断されてから、初めて自分の疾患が「リンパ管奇形」になっているのを知ったのは2017~2018年頃だった。難病指定を申請しようとした際申請書に「リンパ管奇形」と書いてありリンパ管腫ではなくリンパ管奇形になったことを知った。心情的にその場で医師に確認できず、心中で「リンパ管腫じゃないの?リンパ管奇形って呼ばないといけないんだ」と思ったが、「最初にリンパ管腫と診断されたのだからこれからもリンパ管腫と伝えておこう」と思い直した。そんな中、縁があってNPO法人リンパ管腫と共に歩む会のメンバーになり、他のリンパ管腫当事者や家族の話を聞く中で色々思うことがあるのでお話したいと思う。 ・自己紹介をする際、自分の場合は頸部にリンパ管腫があり目に見える病気であるため、病名も名前と同じくらい自分を知ってもらうための重要な情報の一部である。病名と一生を共にする。


・人の印象は3秒で決まると言われるが、病名も様々な解釈や受け取られ方をする。実際に経験したことだが、以前交際していた相手の両親に自分の病気の説明をした際、今後結婚して出産する際に子どもに遺伝するんじゃないか、交際は控えた方が良いのではないかと言われたと間接的に聞いた。

・医師の先生方には日々患者のために尽力してくださっていることに大変感謝しているが、「奇形」や「異常」といった言葉は使っていただきたくない今一度当事者や家族の心情を考えていただきたい。当事者の気持ちを伝える場を設けていただいたことに感謝したい。


 

疑問点

1. 「混乱」とは何か? 「奇形」の用語変更に関して、混乱を招く恐れがあるとの意見がありましたが、具体的にどのような混乱が起きるのかが明示されていませんでした。現在の用語置き換えの動きは、ISSVA分類前の疾患名に戻そうとしているのではなく、「ようやく浸透してきた」といわれる概念はそのまま保持されます。奇形の置き換えもアンケート結果から医療者・研究者をはじめ当事者や一般社会からも過半数の賛同を得られています。むしろ「奇形」の置き換えの必要性を認識しながらそのまま「奇形」使用を継続し腫瘍との区別を浸透させようとする動きの方が混乱を招くのではないでしょうか。医学論文や医療情報が紙の媒体しかなかった時代と違い、今や瞬時に同じ情報を共有できるデジタル社会の時代にあって、どういった混乱が予想されるのかがイメージできませんでした。

2. 誰が用語を決めるのか? 日本医学会は医学用語を決定する機関ではないことを理解しました。そして専門学会である日本血管腫血管奇形学会は「2つの国レベルの動き(日本医学会、厚生労働省)を注視している」「日本医学会のワーキンググループに発言権のないオブザーバーとして参加した」「日本血管腫血管奇形学会は主導できる立場にはない」などの発言から疾患名見直しにおいてこれまで主導する意向はなかったことが明らかになりました。

 

要望

1. 「慎重」と「時間をかける」は異なる

「慎重に進めるべき」という意見がありましたが、「慎重」という言葉は時間をかけることではなく、当事者の心情に配慮し、注意深く,迅速に対応することを意味するべきです。長い間当事者は待たされ辛い思いをしてきました。真に当事者の心情に配慮するのであれば、これ以上いたずらに時間をかけることなく、具体的な進展を見せていただきたいと考えます。

2. 全体のとりまとめ役の早期決定

当会が疾患名「リンパ管奇形」の見直しに向けて動き出した当初、過去に「奇形」をめぐってどのような議論があったかを調査する中で、本シンポジウムで講演された森崎教授をはじめとする日本医学会分化用語委員会の方々の具体的な審議内容の記録を拝読しました。長年にわたり当事者側に寄り添った議論を進めてこられた経緯を知り、日本における用語問題を主導する機関は日本医学会であると判断し、見直しの要望書を同会に送付しました。しかし、森崎教授の講演を拝聴し、日本医学会は用語問題において中心的な役割を果たしているものの、あくまで医療者・研究者間の調整役であり疾患名見直しを主導する立場ではないことを認識しました。

新しい疾患名を決定するための全体のとりまとめ役は、専門性を有し、当事者に近い立場の専門医療・研究者団体が最も説得力を持つと考えています。今後の進行においては、まずは全体のとりまとめ役機関の早期決定を要望いたします。

3. 疾患名ごとの見直し

「奇形」の見直しは、疾患名や専門分野ごとに柔軟に対応するべきであると考えます。シンポジウムでは「一律に同じ和訳に置き換えるのではなく、使われる状況によって対応するべき」という点においては参加者の間で一致していたように思います。また、シンポジウム内で医療者・研究者側のパネリストから「必ずしも厳密に英語に訳されていなくても医学的にイメージしにくい場合でも、医療者と当事者の間で合意形成の上で決定されたのであれば現場は割と混乱なく受け入れる」との発言もありました。 他の「奇形」と一律に扱うのではなく、疾患名ごとに医療者・研究者、当事者、一般市民、有識者間で検討を重ね、合意形成の上適切な疾患名を決定する流れが必要であると考えます。 なお、「リンパ管腫(リンパ管奇形)」においては、2023年10月当会ホームページ上で疾患名に関する当会関係者の意見を公開し、「リンパ管形成不全」への置き換えを提案しています。

4. 情報開示の重要性

議論の透明性を確保するためにも、疾患名見直しに関する活動の進捗状況や次のステップについて、社会全体に公開していただきたいと考えます。

関係者間で認識の違いや混乱が生じないためにも、同一の情報を遅滞なく共有していくことが重要です。

 

まとめ


今回のシンポジウムで最も意義深かったのは、当会の清川スタッフが自身の言葉で当事者の心情や実情を直接語ったことだと思います。医療者・研究者が特定の疾患名を取り扱う機会は限られていますが、当事者にとって疾患名は自分の名前と同じくらい常に存在し続けます。シンポジウムに参加しておられた医療者・研究者の方々はとりわけ疾患名の問題に関心を持ち、患者に寄り添った医療を提供したいと願う方々ばかりだったと思いますので、当事者側の切実な声を聞き、一刻もはやく解決しなければならないという意識をもっていただけたのではないかと思います。 疾患名の見直しを進めるにあたり、前回のブログ記事で紹介した非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)から代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)へ名称変更された海外の事例が非常に参考になると考えます(関連ページ:NAFLDとNASHが名称変更?!新しい名称は…/ケア・ネット)。 上記のページは、AASLD(American Association for the Study of Liver Diseases)

アメリカ肝臓疾患学会のホームページ上に掲載されている「Multinational Liver Societies Announce New “Fatty” Liver Disease Nomenclature That Is Affirmative And Non-Stigmatizing(世界の複数の肝臓学会、肯定的でスティグマを含まない新しい“脂肪”肝疾患の名称変更を発表)」を参照しています。

原文によると、NAFLDからMASLDへの名称変更は、世界の複数の肝疾患・消化器病学会、患者および患者支援団体、規制当局の専門家、業界代表者が透明性協調性をもって決定したとあります。一方、日本では過去に患者や支援団体などの意見を「参考意見」として聴取する機会は設けられましたが、同等の立場で議論に参加する機会はなく、一部の医療・研究者間のみで議論されてきました。当会中井はこの点を特に問題視し、「専門家が閉ざされた場で名称を決定する構造そのものを変えなくてはならない」とシンポジウムで訴えました。 また、MASLDへの名称変更において、「疾患名見直し」までの一連のプロセスを、サイエンス、技術、アカデミアで使用される用語「nomeclature」と表現し、命名において「Delphi process (デルファイ法)」という手法を採用するなど、一貫して客観性と論理性を有している点も日本は準ずるべきと考えます。 記事の中で、「NAFLD疾患名見直しイニシアチブ」の共同議長をつとめたシカゴ大学プリッカー医学部メアリー・E・リネラ教授はこう述べています。

”The tolerable threshold for the amount of people that feel stigmatized is not for anyone to determine. Simply, if it can be avoided, it should be,” said Professor Mary E. Rinella, University of Chicago, Pritzker School of Medicine and co-chair of the NAFLD Nomenclature Initiative.


スティグマを感じる人の許容範囲は誰が決めるものでもありません。単純に言えば、もし避けられるのであれば、それは避けるべきです。 疾患名の見直しにおいて、「当事者の心情を最も重要視すべき」という核心がしっかりと表現されていると感じました。この点については、今回のシンポジウムで日本もすでに国際標準に沿っていることが確認でき、次のステップへとつながる大きな希望となりました。

私たちは、疾患名の見直しが単なる名称変更にとどまらず、社会全体の不合理を是正し、民主的な決定プロセスの確立を目指すものであると考えています。当会は今後も関係機関と連携し、疾患名見直しに向けて取り組んでまいります。

                              (文責:仰木みどり)

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